[ NEXT>> ]

  池坊専応(いけのぼう せんのう)[Web]作者(筆者))   
 いけばな百科 流派・人物
生没年-文明14年(1482年)〜天文12年(1543年)
京都頂法寺(六角堂)の僧で、『専応花伝書』(『池坊専応口伝』)の著者。
塙保己一編『続群書類従』(巻第五五三遊戯部三)他、四本の伝本が伝わる。
池坊では、華道の基本として継承され、「大巻」と呼ばれている。
『池坊専応口伝』
欄外注本文)
北白川会のホームページに詳しい説明があります、
[Web]
  大沢久守 (おおさわひさもり) 作者(筆者))   
 いけばな百科 流派・人物
永享2(1430)年〜明応7(1498)年
室町-戦国時代の山科家家司(けいし)・雑掌。通称は長門入道。
公卿山科言国(やましなときくに)に仕え、山科家の家礼(かれい)・室礼(しつらい)を行う。山科家の業務日誌『山科家礼記』(やましなけらいき)の記述者であり、そこには、禁裏や武家の花会で立花を立てた記述がある。
 
欄外注本文)
 
  奥輝之別紙(おくてるのべつし) 作者(筆者))   
 いけばな百科 流派・人物
『仙伝抄』所収の3つの花伝書のうちの1つ。『義政公御成式目』や『文阿弥花伝書』の内容の大半はこの伝書と同じだが、『文阿弥花伝書』には「水際」の記述が加わっている。
目眩めく生命の祭-勅使河原蒼風の世界2いけばなの様式→[Web]
 
欄外注本文)
 
  小原雲心(おはらうんしん)[Web]作者(筆者))   
 いけばな百科 流派・人物
文久元(1861)〜大正5(1916)小原流・「盛花」の創始者。本名は房五郎。号、六合軒。島根県松江市生まれ。彫刻からいけばなに転じ、池坊を学ぶ。。明治30年(1987) 年、大阪美術倶楽部「盛花三十瓶」展で、水盤による「盛花」を発表。1912年に「小原式国風盛花」を掲げて、池坊から独立した。デパートでの花展を最初に開くなど、小原流の花は急速に広まった。
 
欄外注本文)
 
  『花王以来の花伝書』(かおういらいのかでんじょ)[Web]作者(筆者))   
 いけばな百科 流派・人物
現存する最古の花伝書。池坊家に伝来し、文明18年(1486)〜明応8(1499)年までの相伝者名入りの奥書がある。
彩色の花姿図43瓶の花伝を記す。「立て花」のさまざまな形や掛花や釣花、舟の花など、今に伝わるスタイルがすでに見られる。→[Web]また、『専応口伝』とは異なり、『仙伝抄』との関わりが深く、古い花論や技法、心得などが記されている。
池坊会館3階いけばな資料館に展示されていて、見学には電話またはメールでの予約が必要。→いけばな資料館[Web]
TEL:075-221-2686、メール:[Mail]
 
欄外注本文)
 



[ NEXT>> ]

(1/3)

Database Factory


▲PageTop