古典いけばなの大半は、後ろに背の高い枝<しん>を置き、手前にそれより低く草花<下草>を置く、二種で構成されている。枝も古くは常緑樹が多く、樹木−永遠性、草花−瞬間の華という対比、生命と生成に関わる祭や劇の文化を感じさせる。枝を『古遠』、草花を『新近』とする時空的な遠近法は古い伝書にもある。 いけばなの形は、自然景観と身体という二つの極を持つ枠組、共鳴形態と考えられて来た。もちろん実際の景色ではなく、例えば、足元一本に三本の役枝を持つ樹木のような形だ。それは、森羅万象に神々を見る古い信仰や華厳的な世界認識、禅・阿弥陀経・朱子学・易学なども響きあい融合した、曼陀羅にも似た自然の『似姿』である。 他方、いけばなは人の見ぶりの外延として意識され、身体の比喩でも語られて来た。 詩歌、劇、物語、絵画、音楽などに現われる季節の感受の対象はいくらもあるが、とりわけ草木・花実は人の身体や心と即応する場を持っている。 切った草木を回すと、日裏・日表、枝の右振り・左振りが示される。今度は茂った葉や花の部分を少し残して他を取り去ると、残された葉と花は前とはまるで違った密度で人の目に迫る。草木は、ある部分が省かれ他の部分が強調され、全体としては自然よりもずっと単純な形を与えられていけばなの構成に入る。
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